灰と月光

ウルムガルトの森に月が昇る ブナの木の天辺でふたつの眼球が光る 発掘人形のブリキニクスは 枯れかかった森の蔦の奥から発掘された書物をかかえていた ブリキニクスは 月光の射す花崗岩の上に腰をおろし その書物を開こうとしたが...

最後のカルヴァナル

冬の森に十六夜の月が高々と昇った 広場の真ん中に堆く積み上げられた薪に点火されると 歓声がわきあがる ハイイログマが短い挨拶をすませると 蔦で拵えた冠を火のなかに投げ入れた 喇叭が鳴り 太鼓が地を震わせると 集まったもの...

リネル抄

花屋の前を通りかかると剥き出しの無が陳列されていて 愛おしい思い出が 骨の折れた小さな傘と一緒に売られていて 遠くからやってくる雲を眺め あてどのない存在の紙片を 雲のその奥へ埋め 燃え尽きる存在の影を 寄木細工の箱に詰...

プゼーとの約束

プゼーは象のかたちをした蝶あるいは蝶のかたちをした象 このところとんとみかけないが こどものころはいつもふたりで遊んだものだ プゼーはうたが好きだった 学校で習ううたとはまるでちがっていて 母音だけのうたで おまけに円環...

クルアの祈祷

未調査の森に入り コラールという機器の設置場所を探して歩く 湿度など適当な場所が見つかったら 機器を下ろし 十二本の避雷針のような細い金属棒を取り出し 注意深く 直径二メートルほどの円周上に刺していく そして金属棒と機器...

神々の黄昏

とある町にさしかかったとき 籠目にすっかりとらえられてしまったような 妙な胸騒ぎに襲われる それは切れかかった雲にも 朽ちかけた柱にも似ていた ギュスターブの森を抜けたとき ふと月が翳り そこにたよりない町の影がにじんで...

砂漠の歌祭文

どこかで口笛を聞いたような気がして目を覚ますと そこは砂漠のなかの遺跡で 青白い月が掛かっていた ゆっくり立ち上がり砂を払うと 遺跡の朽ちかけた柱の影で青いターバンを巻いた男が 古いギターの調弦をしていた 影をなぞるとト...

椋鳥の群れ

ある秋の夕暮れのこと 町に散歩に出掛ける 六丁目の交差点に差し掛かったとき 背後で警笛が鳴り 鉄狼のような路面電車が鼻息荒くすぎていった 八百屋では切れかかった裸電球の下でお得意さんに玉葱を手渡しているところで 暮れかか...

冬の蝶

ある夜半すぎのこと 干涸びた背中だけになってしまった亡霊が書斎の椅子に座り 半開きの窓から入る風に撫でられながら 歪な爪を立て 緑暗色の書物の頁に見入っている ふと雲の切れ間から射す月光がよぎったとき 埃で曇った硝子に古...