蟷螂の夢

蟷螂は夢を見た それはまるで果てることのないうたで はじまりも終わりもなかった ただ風のようにとうとうと流れ あらゆるものをつつんでいた 夢のなかではまだ月が昇っていた 月が昇らなくなって久しく もう月のことも忘れかけていた 夢のなかの月は 地を見張る目のようだった そこに狂いはないか そこに罅割れはないか じっと見据える冷たい目だった 幾度となく月の検分を受けたが それは煩わしくもありながら また検分を待ち焦がれるような 不思議な面持ちだった 月はいつも三角形めいて映ったが たぶんそれは真珠のように丸いのだろう そのどこまでも透きとおった目で いつも地を射抜いていた そんな月がある日ふいに昇らなくなった いったいなぜ隠れてしまったのか 蟷螂にも知る由もなかったが それから地はたださびれていった 獣や虫たちもしだいに姿を消し 草や花や木もしだいに枯れ いまでは化石のように沈黙した残骸が転がっているだけだった それでもなお蟷螂は変わらず森を彷徨っていた 雨上がりの水滴に 自分の姿が映ったことがある たよりない三角の顔がどこか月めいていた いまも自分はここに存在しているのか それともとうに朽ちていて あてのない思い出ばかりが漂っているのか そのとき ふいに雲間から一条の光がもれた 刹那のことであったが月であったような気がした だが地に自分の影は映らなかった すでに思い出ばかりとなっているのやもしれぬ そろそろお暇をいただきたいとも思うが もうここには何もない ただ無だけがぶっきらぼうに投げ出されている