ある夜 少しだけ開けられた窓から 鈴の音が聞こえてくる 鈴の音がしだいに近づいてくる どこからかやって来た巡礼団かとも思ったが こんな夜半に歩くとも思えない いったいどこから聞こえてくるのだろうと 窓を開け 辺りを見渡す 遠くで蛍の光のようなものがゆらめいたかと思ったが すぐ消えてしまう 鈴の音はさらに大きくなってくる 声明ともことなるざわめきもひろがっている ふいに目の前に鈴があらわれ りん と鳴る まわりで影が蠢いている もう一度鈴がりんとなったとき 思わず体が吸い寄せられ 窓の外にそのまま飛び出してしまう 気がつくと 鈴の後について町の上空を飛んでいた 声がでない 周りを見ると 同じように無数の人が飛んで雲のようになっていた 声明とも思った音は 無数の人が大気と擦れあう音のようだった 引き返そうとも思ったが 体はそのまま雲を離れようとはしなかった 雲はしだいに膨れあがっていく いまいったいどこを飛んでいるのだろう なんだか地上が騒がしい 祭りかとも思ったが どうも戦争のようだ あちらこちらで火の手があがり 銃声や砲声 爆発音がしている それでも鈴は飛びつづける 気がつくと雲はさらに膨れあがり 血を流すものや 手足を失ったものが雲に加わっている 鈴が進むにつれ 地上がしだいに静かになっていく 戦火もおさまり 銃声もしなくなる そして地上はただ夜につつまれる それでも鈴はなおも進んでいく いまはいったいどこを飛んでいるのだろう やがて夜が白んでくる 眼下に大きな川と密林がひろがっている 鈴の音が鳴る 雲はさらに膨れ 虫や鳥 けものや花や木や魚が加わる みな鈴の後を追い 雲となって飛んでいる 鈴はなおも飛びつづける すでにこの星を何周か飛んでいるのだろう 幾つもの夜と 幾つもの昼がすぎていく すでに雲は星にかかる輪のようになっている 雲のなかにいいようのない無常感がひろがる 無常の輪がこの星にかかっている これは葬列なのかもしれないな そう思ったとき ひときわ高く鈴が鳴る 海が朝焼けに染まっている ふいに雲が真っ逆さまに下降をはじめる どうやら鈴が海めがけて急下降しているようだ みるみるうちに海面が迫り来る ああ このときが来たのだな そう思ったとき 海に飛びこんだ 雲はなおも海の底めがけて進んでいく りん と鈴が鳴る 七ツ鳴ったとき 雲の動きがぴたりと止み 光もない空間に ただアルトーの沈黙だけがひろがっている