あらゆるものは記憶のなかに存在する そこに在るのではない 記憶こそが存在の揺籠である はるか遠くで風が鳴る たとえ亡霊となっても 髑髏となっても そこに記憶があるならばそれは存在なのだ 野の草の陰で ひとつの髑髏がかたかたと鳴る そこへ旅の僧が通りかかる 朽ちかけた井戸の脇に月の光に照らされた亡霊が揺れている もし そこな旅のお方 よほど高貴なお方とお見受けする わしは なんでもへいへいと従うだけが取り柄のしがない足軽 先の戦で親方さまに直々に呼ばれ 頭をおまえに譲るといわれ みるみるうちに立派な甲冑を着せられ 立派な馬に立派な鞘を与えられ 馬子にも衣装とはよく云ったものだわい いざ参られいと云われ いざ敵陣へ しかし馬子にも衣装ではかなうわけもなく あえなく討死 その隙に親方さまは山の向こうへ逃げおおせ 討たれたそれがしは首検分で こやつ偽物とされ この井戸に打ち棄てられる始末 なんと儚しや 儚しや どうぞ経のひとくさりでも唱えてくださいまし 髑髏の眼窩の奥に妖しい光が灯る いや承知と 旅の僧が手をあわせ 念仏をひとくさり すると髑髏の記憶の一切が消え失せ 存在成仏 旅の僧は髑髏の眼窩に生えていた草を抜いてやり また 記憶巡り存在成仏の諸国の旅へ