廃屋のなかの瓦礫に眠るオルゴールが 冷たい月光に照らされる いったいどれだけ月光を浴びたのか だれも数えるものはいない 月が雲で翳ったとき ふいになにものかの記憶が宿る いったいなにものの記憶なのか ほんのり斑の入った白い殻 鏡のように青い空 枯葉に隠れる蚯蚓 鈍色のうねる海 這うように翔る閃光 地の太鼓となり叩きつける雨 あらゆるものを吸い寄せる風の渦 瞬かない星群 ぷつりと途切れる記憶 オルゲルはせめて旋律を奏でようとしたが あいにくもう櫛歯は残っていなかった 透きとおった静寂ばかりがあたりに残響した オルゲルのなかには無数の記憶が宿っていた 人であることも 木であることも 虫であることも 水であることも 石であることもある 行き場を失ってしまった記憶がやってきてオルゲルに宿る 記憶が存在であるならば たったひとつのオルゲルは無数の存在である だがオルゲルはいったいなにものか オルゲルにはオルゲルの記憶がない ただオルゲルであるばかりだった すでに気配の欠片もない廃墟の瓦礫で オルゲルは冷たい月光に照らされている