それはとうにいのちを終えたというのに まだ両の目をぎらつかせていた 結晶化し物質界にとけこんだはずの目には どこまでも冥い世がうつっていた それはただ無機物がぶつかり犇きあう退屈な世で 花の一輪さえなかった もはや地上には誰のすがたもないだろう それなのに なぜ此処に最後の意とおぼしきものがゆらめいているのか これは涯しのない罪の償いなのか それともいずれやってくる時の予祝なのか もう詞など忘れてしまった もう経など忘れてしまった それでもちろちろと意の火が揺れている なにか円い影が 壁にうつしだされている これはわれの眼窩なのか 日なのか それとも月であるのか 遠い遠いむかし まだ歯も生え揃わない童だったころ 出鱈目で 奔放なウタが口をついていた そのときはまったくわけが分からなかったが あのウタはあらゆる世の祝詞だったのだ ウタには物質的郷愁がふきすさび 日の光も 月の光もただ冷たかった あの鋭利な刃が心臓を抉り 目をくり抜いたはずだが どうにもその後が不分明だった 星から落ちてきた光につつまれると そこは冥い穴のなかで 挿しこまれた竹筒の向こうでうねるような声が響いていた しばらくのあいだ声に耳を澄ませていたが やがてそれは乾涸びた耳には届かなくなった われが物質化する刹那 竹筒の先から一筋の月の光が射した それは宇のはじまりのようであり 極小でありながら極大であり 勾玉のように回っていた すでにすべて物質化し 死をこえたはずであるのに ひと吹きの意が残っていた それもいま消えかかっているが そこにあらわれるのは無辺か それとも底なしの無か おそらくそれを見ることも知ることもないだろう 物質的郷愁のなかでいま意が…