彗星譚

十七番目の月が昇った夜 山羊のシビュラは森のはずれの星岩の上に立ち 遠くの町を見下ろしていた かすかに甘い香りを含んだ東風が シビュラのゼンマイのような角をそっと撫でていった そのとき角の内部の空気が震え 渦を巻いてシビュラに囁いた 東風は韻を踏んでいた シビュラが促されたように夜空を見上げると 星がひとつ流れた 星岩の脇の古代樹の天辺で 木兎の月のような目玉がぎょろりと動いた 町には風の詞を聞けぬものどもが暮らしている また東風がわたり 星がもうひとつ流れた 星の尾はそのままのびつづけ 町の上空で花火のように破裂した 町のあちらこちらに火の手があがり にわかに町が騒がしくなり 黒い影が埃のように蠢いた やがて町は燃え尽き 白い灰となって月に照らされた シビュラは夜の奥までのびるか細い声でひと啼きすると ゆっくり森を見渡し 星岩からひょいと飛び降り 森の奥へ消えていった 東風はもう吹かなかった