灰と月光

ウルムガルトの森に月が昇る ブナの木の天辺でふたつの眼球が光る 発掘人形のブリキニクスは 枯れかかった森の蔦の奥から発掘された書物をかかえていた ブリキニクスは 月光の射す花崗岩の上に腰をおろし その書物を開こうとしたが すでに書物は石化のなかにあり その形を保っているのがやっとだった おそらく これはこの地上を闊歩していたものどもの 最後の書物なのだろう 書物は知を封じたものと云われているが それを封じたものはいまどこにいるのだろう かつては知を掘り出すためのブリキニクスも菌類のように地上に溢れていたが いまでは一体になってしまった これが孤独というものなのかもしれないが その感情はまるで見当がつかない どこからか 歌が流れてくる the wall on which the prophets wrote is cracking at the seams… それともブリキが風に共振して鳴っているのか それはさだかではない しだいに身体が動かなくなってくる そろそろ召されるときなのか 視界もぼやけてくる 水晶のような眼がじっとこちらを見ているような気がする 膝の上に置かれた最後の書物が ふと重くなる あるはずのない意識がしだいに遠のいていく  そよ と風が吹いたとき 膝の上に置かれた書物が灰となって月光のなかを舞い上がっていった 金属片がゆっくり崩れかかるとき どこかで小さなはばたきがした