クルアの祈祷

未調査の森に入り コラールという機器の設置場所を探して歩く 湿度など適当な場所が見つかったら 機器を下ろし 十二本の避雷針のような細い金属棒を取り出し 注意深く 直径二メートルほどの円周上に刺していく そして金属棒と機器を結び ヘッドホンを耳にあてながら感度を調整していく そして時間を確かめてから徐にコラールのスウィッチをいれる コラールは地中の微生物活動のかすかな電位の変化をとらえ それを音に変換する そして十二本のセンサーの音を記録する そしてそのスペクトルを解析すると サウンドスケープ解析のように 土壌の微生物の状態を診断できる 往々にして微生物の音がハーモニーを奏でるので コラールと名づけられた すでに四百ヶ所以上のコラールを記録している ウォンバットの森でのことだった いつものようにコラールを聞いていると ふいに異国のことばのように聞こえた それは美しい旋律を奏で まるでクルアの祈祷のようだった そのときは耳がそのように思いこんでそう聞こえているのだろうと思っていた だが数日して次の森を調査していたとき ウォンバットの森が一夜にして枯死したというラジオニュースを聞いた いま調査している森でもクルアの祈祷が聞こえたばかりだった 偶然だろうと思いながらまた次の森へ調査に赴く するとまた調査した森がいきなり枯死したというニュースを耳にした コラールが悪い影響を与えたのかもしれないと思い この森では機器を設置せずにそのまま夜をすごした すると夜明け前に どこからかクルアの祈祷が聞こえてきて目を覚ました ほんのかすかな音ではあるが クルアの祈祷にちがいなかった クルアの祈祷はしだいに大きくなり やがて風とともに木々が揺れだした どこかで木の倒れる音がする 小枝がぱらぱらと落ちてくる これは只事ではないとあわてて荷物をまとめ 森を抜けた 森を抜けたとき 背後で森の崩落する音が聞こえ 森は土煙に隠れた それでもクルアの祈祷は止まず しだいに大きくなっていった 村に出た 村人たちは皆外に出て クルアの祈祷につつまれながら 天を仰いで祈りを捧げていた 森ばかりではない 木造の家も崩落し 石を積んだ塀だけが残った それでもクルアの祈祷はひろがりつづけた すでに此の星をおおい尽くしているのかもしれなかった 村を抜けて振り返るが 村人のすがたは見えなかった クルアの祈祷はさらにひろがり 大気を震わせ もはや身体の内から響いているのか 外から響いているのか 地から響いているのか 天から響いているのかも 判然としなくなった どうやらクルアの祈祷から逃れることはできそうにない それにしてもやけに喉が渇く また朝を迎えることはできるのだろうか 荷物を下ろして膝をつき 目を瞑って手をあわせ 天を仰いで祈りを捧げた