砂漠の歌祭文

どこかで口笛を聞いたような気がして目を覚ますと そこは砂漠のなかの遺跡で 青白い月が掛かっていた ゆっくり立ち上がり砂を払うと 遺跡の朽ちかけた柱の影で青いターバンを巻いた男が 古いギターの調弦をしていた 影をなぞるとトゥアレグ族のエムドゥ・モクターのようだった 男はやがて琵琶のようにギターを掻き鳴らし 月に捧げるようにタマシェク語で唄いはじめた ふいに脳裏に Asdikte Akal という文字が浮かぶ 少し掠れた声で 呪術のように同じ旋律が繰り返されると あたりの砂が舞い上がり 男をつつむようにして踊りはじめる ことばの意味はまるでわからないが なぜか胸がしめつけられ こどもの時分に裏山から見た夕焼けを思い出していた 呪師の歌祭文はつづき やがて砂が遺跡をおおい 天をおおうと 砂のあいだから 遠くからやって来た隊商たちが酒宴を繰りひろげる音や 薪が爆ぜる音が聞こえてきた やがて青衣の歌祭文が遠のいていくと 隊商たちの喧騒も砂のあいだにまぎれ 舞い上がっていた砂が細雪のように遺跡に降り積もっていった ふいに静寂が訪れ 夜の冷気が頬を撫でた 遺跡の上に掛かっていた月の姿はどこにもなく ただ残り火の香りが鼻をついた 青衣の男はもう出立してしまったのだろうか 忘れられたこどものような心持ちで身を竦めていると どこかで鳥の羽ばたきの音がして その奥からせつない口笛がもれてきた 目をつむると瞼が熱かった そのままなぞるように口笛を吹くと 一陣の旋風がやってきて無重力のなかに攪拌され 気がつくと 冷たい蒲団のなかで歯を鳴らしていた