ある秋の夕暮れのこと 町に散歩に出掛ける 六丁目の交差点に差し掛かったとき 背後で警笛が鳴り 鉄狼のような路面電車が鼻息荒くすぎていった 八百屋では切れかかった裸電球の下でお得意さんに玉葱を手渡しているところで 暮れかかった上空を椋鳥の群れが水面を叩く雨のような音をたて 破れかけた扇よろしく舞っていた 八百屋の前を通りすぎようとしたとき 店の奥から相撲中継の悲鳴にもにた歓声が轟き 店主のささくれだった手から小銭が落ちそうになった そのとき背後で捻れた折り紙のような気配がして 振り返ると灰褐色の猫が悠然として歩いていたが 道行く人は誰も気に留めていないようだった そのとき警笛が鳴り 鉄狼のような路面電車が鼻息荒くすぎていった 八百屋では切れかかった裸電球の下でお得意さんに玉葱を手渡しているところで おや この光景はどこかで と思いかけると 道端に紛れていた托鉢僧が 左手の中指を立てながら 一水四見 と呟いた いったい何事かと振り返るがそこに托鉢僧の姿はなく 暮れかかった上空を椋鳥の群れが水面を叩く雨のような音をたて 破れかけた扇よろしく舞っていた じっと手を見るがどうにも落ち着かない そのまま手が椋鳥の群れに紛れてしまいそうで 足が動かなくなる 小銭の落ちる音がする ある若い哲学者が世界は存在しないといきまいていたが いま 世界が裁断機に掛けられつつあることを 誰も知らない